在宅ライターは小説よりも奇なり(とあるライターのブログ)

無職から始めた在宅ライターが小説で食うまでの記録とノウハウ。(フリーランスのライター←今ココ)

お金が理由で人生の一瞬を失いたくない

f:id:writeislife:20170606220202j:plain

TUTAYAの帰り道、八百屋さんに寄って帰りたかったので少し違うルートから帰宅しました。その通りの道路越し反対の歩道沿いにすき家松屋がありまして、その二階に「ジャズクラブ」の文字がでかでかと掲げられたお店を発見。本当はローマ字で書かれてましたけど。

 

そのジャズクラブのガラス張りの壁には無人のドラムセットが置かれていました。今日みたいななんでもない平日はあまり客足もつかないのかな、なんて思いながらジャズクラブを横目に歩を進めます。いつもならまちがいなくそれだけで終わるのですが、今日は少し違いました。

 

そのジャズクラブに行ってみたいなと、ふと思ったのです。といってもジャズが特別好きなわけではありません。そもそもジャズなんて自分から聴いたこともありません。店内のBGMで耳にしたことがあるのかなぐらいの。むしろこれがジャズってやつで合ってるよね?ぐらいのジャズ素人です。そんなジャズ素人がなぜ、おしゃれそうな一見さんお断りかもしれないジャズクラブに興味をもったのでしょうか、、?

 

はっきりいってその答えは自分でもわかりません。ただ、行ってみたいと思いました。そこに流れる音楽を聴きながらお酒でも飲んでみたいと思ってしまったのです。

 

死ぬときに手元にあって嬉しいのは金か?生き様か?

 

ここで、唯一自分のなかではっきりしていることがありました。それはお金が理由でやりたいことをあきらめたくないな、ということです。

 

もともと生粋の節約家で、手取り15万でも月に5万は貯金していた私。主に食費と消費活動を削ることで目標額を達成していたのです。なので、目標があれば節約はわりと苦でなく通帳を見てにやにやしているときもありました。

 

そんな自分ですが、距離にして10m近く離れた、大手牛丼チェーンの2階にあるジャズクラブになにかしらショックを与えられたのです。

 

興味を抱いたものに対して「”お金なんかが理由”であきらめていいのか?」と誰かにささやかれた気がしました。人生は行動の連続で作られます。何万ページもの行動の蓄積が人生だとしても、そのうちのたった1ページをないがしろにしていいのかと思ったのです。その1ページが色鮮やかで輝いているかもしれないじゃないかと。逆に真っ黒に汚れた1ページでも思わずそのページが気になって開いてしまうでしょう。

 

経験せずに終わらせるなんてもったいないと、そんな風に感じたのです。

 

それはライターとしてその日暮らしのお金しか稼げていない、今の我慢の連続の生活からくるストレスが気づかぬうちに蓄積していた反動なのかもしれません。でも素直にやりたいと思ったことは我慢せずにやること、これは後悔しない自分の人生を歩むには必要なことなのでしょう。

 

それに気づかせてくれたジャズクラブに行ってみようと思います。

 

そして、そのジャズクラブに目を向けさせてくれた大手牛丼チェーンに感謝を捧げます。