在宅ライターは小説よりも奇なり(とあるライターのブログ)

無職から始めた在宅ライターが小説で食うまでの記録とノウハウ。(フリーランスのライター←今ココ)

やる気とか覚悟なんて、そんなものは必要ない

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モチベーションなんてクソくらえだ。

人間が力を発揮するには最適な環境に身を投じるしかない。

これが今日のお話で結論です。

 

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継続して努力できない人間

 

私は意志の弱い人間です。

子供のころから努力することが苦手でした。

正確には、努力を継続することが不得意でした。

 

小学校当時、勉強は行きたくもない公文式に通わされていたので、成績自体はよかったです。

しかし、課された宿題は小学4年生ぐらいから手をつけた記憶がありません。

いまにして思えば小学校時代の公文式が悪鬼となって、農民である私を重い税で苦しめる構図を、つい想起します。

 

ここで勘違いしてほしくないのは、公文式を責めているわけではありません。

成績自体は伸びましたし、今の計算能力の土台を築いてくれたのは公文式です。

公文式は親の期待に応えてくれましたし、期待される対価を提供しただけです。

 

問題は私自身にありました。

嫌々通って、辞めたいと泣き言を言いながら、親に「辞めるのか?」と問われれば、辞めるとは口にしない。

意志薄弱が形成されたのはこのころでしょう。

 

その後も簡単な中学校のテストなんかは前日に勉強すればどうにかなるので、それでなんとかなっていました。

問題は高校になってからでした。

もともと継続的な学習習慣など皆無だった私は、徐々に学校の授業についていけなくなります。

 

計算は得意でも数学は苦手でした。

理系科目は生物を除いて散々だった気がします。

 

センター試験の勉強も、友達が朝早く学校に行って自習室で勉強するのにただ合わせて、6時台の電車に乗って通学していました。

自習室ではほとんど寝ていました。

 

結果は当然のごとく、志望していた国立大学を不合格に終わります。

受かるだろうと、すべり止めの私立も受験していなかった私は浪人することになりました。

 

しかし、受験失敗という苦い薬を飲まされてもなお、私のサボり癖は治りません。

勉強していなかったといえば、ウソになります。

でも、”本気で”勉強はしていませんでした。

 

当然また落ちます。

ですが、二浪はないと決めていたので地方の公立大学に進学します。

 

大学をなんとか4年で卒業した私はその後、

新卒で入った会社を半年で辞め、入社した二社目は4カ月で倒産します。

 

そしてどこにも属さない、クラウドソーシングでお金を稼ぐライターとして、今に至ります。

 

 やる気や覚悟なんて、なんの役にも立たない

 

本当の意味で、自分でお金を稼ぐ状況に身を置かれたいまですらも、私は努力できずにいました。

 

ありがたくもクライアントからお仕事いただき、納期の指定もありません。

それに甘えた私は、「今日はこれをやるぞ」と決めながら、毎回想定した進捗どおりにことを運ぶことができません。

 

意志に大きく左右される在宅ワーカーとしては致命的です。

 

私は対策を講じました。

 

ブログにその日のライターの売上をさらせば、やった分の報告義務が発生します。

さらに金額がたいしたことなければ、「こいつ今日一日なにやってたんだ?」と厳しい目線を賜ることができ、自分を追い込めると踏みました。

 

結果は、パッとしない売上を書いただけで、さらに売上が出ない日は更新すらしなくなるか、売上に触れなくなる有り様。

愚、ここに極まれりです。

 

次は、一日の売上を意識して働くのはしんどいことから、ライターらしく文字数での換算はどうだと考えました。

小説家で成功するためには、一日で1万字近く書ける必要があると私は踏んでいるので、その点からも悪くないと考えたのです。

 

結果、全然モチベーションにつながりません。

 

当たり前ですが、ライターで書く文字数と小説を書く文字数は異次元のモノです。

一緒くたにするものではありません。

 

困った私は、集中することを覚えよう、朝からスタートダッシュをきめよう、やること以外は頭から除外しようと、あれこれ試行錯誤しました。

 

ですが、どこか集中し切れない、集中が一日持続しないなどの悩みは消えませんでした。

 

環境こそが人間のパフォーマンスを左右する

 

転機は昨日、朝いつもどおりお昼過ぎが納期の記事だけ書き終えたところで、彼女から「TSUTAYA」に行かないかと提案されました。

資格勉強のためにツタヤで勉強したかったそうで、当初、貧困にあえぐ私は学習スペース利用に必要なスタバのドリンクをケチりたかったため積極的ではありませんでした。

しかし、せっかくの彼女の休みを無下にするのもということで、ついて行くことにしたのです。

 

到着したのは18時台後半だった気がしますが、ここから23時過ぎ、パソコンのバッテリーが切れそうになるまで集中して取り組むことができました。

 

私は悟りました。

 

モチベーションなんて、そんなものはない。

制約のあるなかでこそ、人は本来のパフォーマンスを発揮できるのだと

 

「ツタヤでやったら思いのほか集中できた」

たった、これだけの話です。

でも、ここに到達するまでが長かった。

 

午前は家で、午後はツタヤなりなんなり、人の目があるスペースで執筆する。

しばらくこれでいきたいと思います。

 

場所代は必要な投資だったのです。